「もっと良い答えはないか」
「正解を見つけたい」
そんなふうに考える時間は、とても大切です。
私たちはつい、答えを探し続けてしまいます。
探求者でいることと、探究者でいることは、少し違うのかもしれない
書籍「自分をよろこばせる習慣」で紹介されていた内容を自分なりに考察します。
探求者は「答え」を求める人
探求者は、
すでにどこかにある答えを探します。
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正解はどれか
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何が一番効率的か
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失敗しない方法は何か
情報を集め、比較し、
できるだけ間違えない選択をしようとします。
とても理性的で、
無駄が少ない姿勢です。
探究者は「問い」を深める人
一方で、探究者は、
答えよりも問いそのものに向き合います。
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なぜ、これが気になるのか
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自分は、何に違和感を覚えているのか
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どうして、ここで立ち止まったのか
すぐに答えを出そうとはせず、
考え続けることを選びます。
答えを急がないという選択
探究者でいると、
すぐに成果が出るとは限りません。
遠回りに見えたり、
何をしているのか分からなくなったりすることもあります。
それでも、
問いを抱えたまま考え続けることで、
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自分なりの視点
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独自の言葉
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判断の軸
が、少しずつ育っていきます。
探究は、ブレているようでブレていない
探究している人は、
あちこちに興味が移っているように見えることがあります。
でも実際には、
同じ問いを、
別の角度から何度も見ているだけ、ということも多いものです。
テーマは変わっているようで、
根っこはつながっている。
それが探究です。
探究者でいることは、未完成を許すこと
探究者でいるためには、
「まだ分からない自分」を許す必要があります。
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途中でいい
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言葉にならなくていい
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変わってもいい
そうやって未完成のまま進むことで、
自分なりの理解が、少しずつ形になっていきます。
探求と探究、どちらが正しいわけでもない
もちろん、
探求者でいることが悪いわけではありません。
答えが必要な場面も、
効率が求められる場面もあります。
ただ、
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自分の軸をつくりたいとき
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表面的な納得では足りないとき
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しっくりくる言葉を見つけたいとき
そんなときは、
探究者でいるほうが、向いている場合もあります。
まとめ
探求者は、答えを見つける人。
探究者は、問いを育てる人。
どちらも必要ですが、
自分自身を深く理解したいとき、
長く使える軸をつくりたいときは、
探求者より、探究者であることが、
大きな意味を持つのかもしれません。