「運がいい人」と聞くと、
特別な才能や強運を持っている人を想像しがちですが、
実は運の正体は、もっと地味で、もっと身近なところにあります。
私が思うに、
幸運とは、落ちているものを拾えるかどうかの違いです。
幸運というのは、ゴミのこと
書籍「自分をよろこばせる習慣」では、幸運とは、ゴミのことで紹介されています。
道端に落ちているゴミ。
誰かが見て見ぬふりをしたもの。
拾わなくても、困らないもの。
それを、
「ゴミだな」で終わらせるか、
「幸運だ」と思えるか。
この差は、意外と大きいといいます。
ゴミを見つけた瞬間がチャンス
ゴミを見つけたとき、心の中でこう叫ぶそうです。
「幸運、見つけた!」「幸運見っけ!」
声に出さなくていい。
そして、そのゴミを拾って、ゴミ箱に捨てる。
それだけで、1運気獲得!
なぜ、ゴミが幸運になるのか
ゴミを拾っても、お金がもらえるわけではありません。
誰かに褒められるわけでもありません。
それでも、確実に起きていることがあります。
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目の前の小さな違和感を見逃さなかった
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面倒くささに負けなかった
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誰も見ていないところで行動した
これは全部、運が巡りやすい人の行動パターンなのではと思うのです。
見て見ぬふりをしない、という選択
ゴミを見つけたとき、頭の中には一瞬で言い訳が浮かびます。
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急いでいる
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誰かが拾うだろう
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私じゃなくてもいい
でも、その「一瞬の見て見ぬふり」が積み重なると、不思議と他のことも見逃すようになります。
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小さなチャンス
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ささやかな好意
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違和感のサイン
幸運は、探すものではなく拾うもの
大きな幸運を探そうとすると、人は疲れます。
でも、
足元に落ちているものを拾うだけなら、
そこまで大変ではありません。
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ゴミを拾う
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落ちているものに気づく
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小さな「いいこと」を見逃さない
この姿勢が、結果的に「運がいい人」をつくっていくんだと思います。
まとめ
幸運は、特別な場所から降ってくるものではありません。
だいたいの場合、
足元に落ちています。
そしてそれは、
たいていゴミの形をしています。
面倒くさくて見て見ぬふりをするか、
「幸運だ」と思って拾うか。
その選択を繰り返しているうちに、
気づけば、
運気は少しずつ貯まっていく。
今日もどこかで、
1運気、拾えるかもしれません。