「自分を好きになりましょう」
「全部を肯定できるようになりましょう」

そう言われることは多いですが、
正直、いきなり全部は難しいなと思います。

顔も体も、性格も含めて丸ごと好きになるなんて、
なかなかハードルが高いものです。

書籍「自分をよろこばせる習慣では」一箇所だけ溺愛するという方法を推しています。


全部じゃなくていい、一箇所でいい

自己肯定感を上げようと思うと、
つい「全体」をどうにかしようとしがちです。

でもそれよりも、

  • ここだけは好き

  • これはかわいいと思っている

そんなパーツがひとつあるだけで、
自分を見る目は意外と変わります。


私が溺愛しているパーツ

私の場合は、
目元のほくろと、胸元のほくろです。

昔から、
なぜかそこだけは素直に「かわいい」と思えました。

特別な理由があるわけでもなく、
誰かに褒められたからでもありません。

しいていえば、なんか目が可愛く見えてくる、なんか目印っぽくて可愛いと思えるから。

自分の中で「これは好き」という感覚がある。

それで十分だと思っています。


溺愛ポイントがあると、自己評価が変わる

面白いことに、
一箇所でも溺愛しているパーツがあると、

  • 鏡を見るのが少し楽になる

  • 自分に対するダメ出しが減る

  • 全体を厳しく見なくなる

そんな変化が起きます。

「ここがかわいい私」
という前提があるだけで、
他の部分に対しても、少し優しくなれるのです。


溺愛は、評価じゃなくて感覚

ここで大事なのは、
客観的にどう見えるかではありません。

  • 世間的に美しいか

  • 褒められやすいか

  • コンプレックスじゃないか

そういう基準は関係なくて、

自分がどう感じているかだけでいい。

「理由はないけど、好き」
それが一番強い溺愛です。


一箇所好きになると、自分を雑に扱えなくなる

自分の一部を大事に思えるようになると、
不思議と、自分全体を雑に扱いづらくなります。

  • 無理しすぎない

  • ちゃんと休む

  • ちょっと丁寧に過ごす

「溺愛しているパーツがある私」を、
乱暴に扱えなくなる感覚です。


まとめ

自分を好きになる、というのは、
全部を好きになることではありません。

一箇所だけ、溺愛するところがあればいい

私にとっては、
目元と胸元のほくろ。

あなたにとっては、
目かもしれないし、手かもしれないし、声かもしれません。

理由はなくていい。
比べなくていい。

「ここ、かわいいんだよな」

その一言が、
自分との関係を、少しやさしくしてくれます。